玉水屋電子博物館-14
玉水屋が明治時代から昭和時代初期(戦前)まで古美術品として販売していた江戸時代の目貫(めぬき)をご紹介します。
『僧』(目貫)-〔江戸時代〕

日本刀の柄(つか)の表裏に据えられた目貫(めぬき)は、通常同一のデザインが施されている小柄(こづか)、笄(こうがい)とともに三所物(みところもの)とよばれ、南北朝時代より日本刀の重要な装剣金具として発達しました。
『おかめ』『ひょっとこ』(目貫)-〔江戸時代〕

玉水屋が数百点にも及ぶ目貫を所蔵しているのは、明治時代後期から大正時代にかけて、当時玉水屋美術部顧問であった竹彫美術工芸大家、水谷華山による商品としての仕入れに起因しています。
『三つ目』と『般若』(目貫)-〔江戸時代〕

玉水屋に所蔵されている目貫のモチーフには、福神・人・鬼・獅子・虎・龍・鷹・鷲・鳩・カラス・コウモリ・牛・馬・犬・蝶・ムカデ・ハエ・カエル・カタツムリ・鯛・フグ・おたまじゃくし・貝・かに・えび・ドクロ・そら豆・あずき・椎茸・ひょうたん・松・竹、さらに、富士山・茶釜・鐘・水波文様・剣・弓矢・武具・如意・仏具・宝物・ことわざなど、あらゆる範疇から採り入れられています。
『大黒天』(目貫)-〔江戸時代〕

玉水屋が目貫を販売していたのは、明治時代後期から昭和初期、もしくは戦前までの頃であろうと思われます。当時美術部顧問であった水谷華山が1927年(昭和2年)に他界したことと、時代が次第に戦時体制に向かい始めたこと等が、目貫の仕入・販売を困難なものにしたと考えられます。