トレードマークの変遷|玉水屋電子資料館

玉水屋トレードマークの変遷

玉水屋『紋』-〔江戸時代~明治時代中頃〕

玉水屋『紋』

 左図の紋は、1817年(文化14年)、三代目が「水口屋」の別家として出発し、「玉水屋」の屋号を名乗った頃から使用されました。暖簾やチラシなどの印刷物に広く用いられました。

玉水屋トレードマーク-〔大正時代中頃~大正時代末頃〕

玉水屋トレードマーク

 玉水屋七代目の大正時代にトレードマークとされたものです。看板や封筒、便箋、名刺、保険証、御預証、引換証等各種印刷物に、頻繁に使用されました。

チーエス・オプテカール・トレードマーク-〔1919年(大正8年)~大正時代末頃〕

チーエス・オプテカール・トレードマーク

 玉水屋は1919年(大正8年)、名古屋地区で初めて眼鏡レンズの製造に着手しました。レンズ工場は玉水屋専属で、七代目玉水屋津田庄三郎と、玉水屋出身で元番頭格であった柴田義一によって、名古屋市東区新出来町に創業しました。トレードマークにあるTS(チーエス)の由来は、この二人のイニシャルを象徴したものとされています。

チーエス・オプテカール・トレードマーク-〔1919年(大正8年)~大正時代末頃〕

チーエス・オプテカール・トレードマーク

 玉水屋専属レンズ工場で生産されたレンズのパッケージデザインには、左図のマークが採用され、印刷されました。その他、短期間ではありますが、お客様に眼鏡をお渡しする際の封などにも使用されました。

 ちなみにこのレンズ工場は名古屋地区において画期的なものではありましたが、諸般の事情によりあまり長くは続かず、余儀なく閉鎖されてしまいました。

玉水屋トレードマーク-〔昭和初期~昭和35年(1960年)〕

玉水屋トレードマーク

 ユーモラスで少しグロテスクなこのマークは、現在のトレードマークができる1960年(昭和35年)までの間、実に30年以上にもわたり、看板や各種印刷物に使用され、名古屋の人々に親しまれてきました。

 次述のものと同時期に考えられたことを考慮すると、和風スタイルと洋風スタイルの意味合いがあったのでしょうか。

玉水屋トレードマーク-〔昭和初期~昭和35年(1960年)〕

玉水屋トレードマーク

 アルファベットで、上からTMYと記述されています。

 TMYは玉水屋のアルファベット頭文字(Tama Mizu Ya)からとったものですが、これを、眼鏡をかけた人の横顔に見えるよう、工夫されています。前述の和風タイプのものと併用されることが多かったようです。

玉水屋トレードマーク-〔昭和35年(1960年)~現在〕

玉水屋トレードマーク

 凸レンズと凹レンズをモチーフとし、これらのレンズ(玉)を左右対称に組み合わせ、「水」という字に見せかけています。もちろん「玉水」を表現していますが、どことなく、ギョロリと眼鏡をかけた人面には見えないでしょうか。別欄の「河本五郎による陶芸品-玉水屋シンボル」をご参照ください。

 また、デザインは日本のデザイン界のパイオニアであり、また文化功労者でもある亀倉雄策氏(1915-1997)によるものです。別欄の「亀倉雄策によるグラフィックデザイン」も併せてご覧ください。


tamamizuya

手書きの持ち味が、ステキ…。