大正時代の眼鏡|玉水屋電子資料館

大正時代の眼鏡

バネ式鼻眼鏡(明治~大正時代)

バネ式鼻眼鏡

鼻眼鏡(明治~大正時代)


バネ式鼻眼鏡

 鼻あての面積を大きくとり、できるだけ日本人の鼻にフィットするよう、デザインされたものです。色といい、形といい、大正時代の馥郁を感じさせます。

 ヨーロッパでは19世紀後半になると、鼻眼鏡の人気が高まり、男女を問わず流行しました。鼻眼鏡のデザインは豊富になり、縁無しのものや鎖付きのものまで様々でした。

バネ式鼻眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

バネ式鼻眼鏡(頭痛おさえ)

 1898年イギリスの『アンサー』という雑誌に、ある読者が鼻眼鏡を掛けることの利点について、次のように述べています。

 「ある種の顔が眼鏡を掛けることで見よくなるということは別として、眼鏡はそれを掛けている人間にとって本当に役に立つものである。私は家でも討論会場でも、議論をしている間眼鏡を掛けていることにしている。それをいじくりまわしている間に、私は自分の考えを正すことのできる貴重な数秒を、誰にも気づかれずに勝ち取ることができるのである。もっと長い時間が必要な場合には、私は巧みにその厄介物を鼻から落としてやることにしている。」(『メガネの文化史』 リチャード・コーソン著 梅田晴夫訳 1999年 八坂書房)

バネ式鼻眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

バネ式鼻眼鏡

 コンパクトに折り畳みができる金属製の鼻眼鏡です。下の図は、この眼鏡を折り畳んだ時の状態です。持ち運びに便利でした。

バネ式鼻眼鏡(折り畳んだ状態)

眼鏡(頭痛おさえ型)-〔1920年(大正9年)頃〕

眼鏡(頭痛おさえ)

 頭痛おさえは、こめかみ式眼鏡ともいわれています。装用感はあまりよくないものの、日本では長く衰えることなく、人気がありました。当時の日本人の髪型(女子の日本髪など)に配慮されたことが、その理由であるとも考えられています。

蟹眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

蟹眼鏡

 頭痛おさえ型の蟹眼鏡の中でも、こちらは四つ折りとなるタイプです。頭痛おさえ型で、こめかみに接する部分には、コルク製のストッパーがついています。下の図は、この眼鏡を折り畳んだ時の状態です。

蟹眼鏡(折り畳んだ状態)

セルロイド巻き螺旋縄手眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

セルロイド巻き螺旋縄手眼鏡

 セルロイド枠は1907年(明治40年)頃、鈴木定吉(伊勢定)によって試作されたましたが、あまり製品として取り扱われませんでした。

 また、1912年(大正元年)、外国製品の型を参考として再び丸型のセルロイド枠が作られましたが、これもまた旧時代のオランダ眼鏡式になるので、あまり商品価値が認められませんでした。

 そして1917年(大正6年)頃にアメリカから輸入された、いわゆるロイド眼鏡とよばれる形のセルロイド枠がようやく脚光を浴びることになります。これは、人気喜劇役者のハロルド・ロイドが映画の中で装用していたため、結果として良い宣伝となったためにブームを引き起こしたともいわれていますが、定かではありません。

セルロイド巻き螺旋縄手眼鏡-〔1925年(大正14年)頃〕

セルロイド巻き螺旋縄手眼鏡

 セルロイド材と金属材をうまく組み合わせ、装用感と耐久性をバランス良く高めています。

 また、小さいながらも鼻あてが取り付けられている点を見逃すことはできません。

複式金属枠眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

複式金属枠眼鏡

 下の図は、この眼鏡の前枠部分をはねあげた時の状態です。前枠と後枠にレンズを入れることによって、遠近両用眼鏡にすることができました。

複式金属枠眼鏡(はねあげた状態)

金属製眼鏡-〔1920年(大正9年)頃〕

金属製眼鏡

 金属製の鼻あてが取り付けられています。


tamamizuya

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